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GEORGE GREENOUGH

 (ジョージ グリノー)
 

​ グリノーは、有名な19世紀のアメリカ人彫刻家ホラティオ・グリノーの直系子孫であるサンタバーバラの裕福な鉄道家系に生まれる(1941年)。エキセントリックで、かつ革新的なニーボードデザイナー、映画監督。「裸足の天才」として知られ、多くの人が最も影響力のあるサーファーとして認めている。
 

 1964年にオーストラリアを訪れ、ボブマクタビッシュやナットヤングなどのトップサーファーと交流がはじまり1960年代半ばにフルスピード、バンクターン、ハイパーフォーマンスサーフィン、ショートボードレボリューションをリードする人物として、そして1969年「innermost limits of pure fun 」のプロデューサーとして、画期的なチューブ内写真撮影 の発明者、第一人者として紹介される。

 ナットヤングは、1966年の世界サーフィン選手権で、グリノー製のフィンを使用して優勝。1967年初めには、マクタビッシュにより、Vボトムが考案されショートボードレボリューション革命に繋がる。そのコンセプトの発祥は、グリノー製ニーボード・スプーンデザインが全ての始まりと言われている。
世界チャンピオンとなったナットヤングは、1968年に「世界で最も偉大なサーファー」とグリノーを賞賛している。


 写真家としてのグリノー氏は、(1966年)オーストラリアラッセル・ヒューズで初めて、水中撮影にてチューブライディングイメージを紹介。28パウンドの防水カメラで「The Innermost Limits of Pure Fun 」撮影を開始。それ以前に見られなかったチューブ 内からの視野を収録。グリノーによるサーフィンクリップは、ブルースブラウン「エンドレスサマー」(1966年)に代表される他、「ハットジェネレーション」「エボルーション」「スプラッシュダウン」「ファンタスティックプラスチックマシン」等数多い。又、「ビックウェンズデー」(1978)の撮影にも招待されている。
 イギリスのロックバンド、ピンクフロイドのメンバーは、グリノーの映画に感銘を受け、次の作品に Echoes ( 1972) という21分の短編を200フレーム・秒で撮影し、新たなテクスチャとパターンを探求してチューブの奥深くから水面下までを表現してみせる。

 2004年にサンタバーバラ海洋博物館で展示された回顧展を経て、サーファー誌は2009年の「50 greatest surfers of all time 」のリストでグリノーを19位にランクする。オーストラリアのニューサウスウェールズ州バイロンベイに住んでいる現在も、インフレータブルサーフマットをこよなく愛し、波の良い日には彼の姿をみかけられる。。。

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